東京で福田平八郎の売却なら

2020/02/28 ブログ
福田平八郎

はじめに


今から128年前の1892年2月28日に日本画家・福田平八郎が生まれました。1974年に逝去しましたが、40年経った現在でも定期的に展覧会が開催されています。人気と実力を兼ね備えた日本画壇を代表する作家です。需要が高まれば買取価格も比例して高くなりますが、作品の表現様式によって買取価格にバラツキがでますので絵画・美術品の買取専門店の立場から解説させていただきます。

 

福田平八郎の作風


福田平八郎は日本画家ですが日本画とはどのようなジャンルでしょうか。

日本画というジャンルは西洋絵画と差別化するために生まれた言葉です。日本画が生まれて間もない時はもう少し具体的なルールを設けていましたが、現在は岩絵の具と膠(にかわ)を使用していれば日本画家というジャンルに含まれます。

日本画を生業として活動する作家を日本画家と呼んでいましたが創始直後は大きく分けて2つの系譜がありました。1つは狩野派です。美術史を見ると狩野派をルーツとする狩野芳崖、橋本雅邦、フェノロサなどが日本画を創始してその流れを汲む横山大観、下村観山などが黎明期を支えたと言われています。

もう1つは四条円山派をルーツとする京都画壇です。京都を本拠地として集まった作家たちを総称する呼び方で、上村松園、竹内栖鳳などが有名です。

福田平八郎は京都画壇に属する作家とされており、西洋の技法なども取り入れつつ革新的な日本画を追い求めていました。

 

古典的な日本画は「日本らしいモチーフ」、「輪郭線」、「奥行きがない平面性」などのルールがありましたが福田平八郎はその枠組みを超えて絶えず挑戦をしていました。

平八郎の特徴的な作風は対象物のみを描くことです。例えば一般的な日本画家は「雨」というテーマで作品を描くとすると、雨が降っている風景にするのではないでしょうか。雨の線、濡れた木花、傘をさしている人間などを描き「雨」を表現すると思います。

一方、平八郎はテーマを連想させるように全体を描いてテーマを表すのではなく、「雨」なら「雨」のみを描きます。つまり、水滴の動きだけを表現します。非常にデザイン性が強い現代的な作風です。

 

福田平八郎の買取相場


冒頭でも述べましたが福田平八郎の作品は買取価格に価格差が出やすいです。その理由は作風の違いです。福田平八郎の特徴であるデザイン性が高い作風だけではなく古典的な画風も多く描いています。どちらの作風に近いかにより評価が分かれ、デザイン性が高い作品の方が高価買取しやすいです。

分かりやすいポイントはサインの描き方です。デザイン性が高い作品は丸みがあるしっかりとしたサインですが、古典的な画風の作品は細い筆で書いたような滑らかなサインです。

サイズ、構図、コンディションにより具体的な買取査定額は異なりますが、概算価格を見ていきましょう。

 

デザイン性が高い作品→50万~200万円前後

古典的な作品→10万~50万円前後

 

作品の画像があればより具体的な買取価格をご提示できます。また、現物を見にお伺いも可能ですのでお気軽にご相談ください。

 

福田平八郎の鑑定について


福田平八郎の日本画は<東京鑑定評価機構鑑定委員会>の鑑定書が必要となります。鑑定書が無くても査定後に取れますので査定だけでも大歓迎です。

日本画家に関して共通する点ですが「共シール」か「共板」が無いと評価額は下がります。

 

福田平八郎の略歴


1892年2月28日大分市に生れました。1910年の大分中学校在学中に作家への道を志し、京都へ出ました。この年、京都市立絵画専門学校別科に入学し、翌年京都市立美術工芸学校に入学しなおしました。1915年に同校卒業とともに京都市立絵画専門学校に入学し、1918年に卒業しました。在学中に第10・11・12回文展に入選し、帝展となってからも第1回より連年ここを舞台に発表し、引続き新文展、戦後日展へと、官展を中心に活躍しつづけました。1947年に帝国芸術院会員となり、1961年には文化勲章を受章しました。

 

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