東京で麻生三郎の売却なら

2020/03/23 ブログ
麻生三郎

はじめに


洋画家・麻生三郎は今から107年前の1913年3月23日に生まれました。新たな視覚表現を追求して名を刻んだ著名作家です。

モチーフは具象ですが完成した作品は抽象と具象の狭間を彷徨う表現様式で、闇の中に光を追い求めるような重く暗い作風が印象的です。この重さや暗さはネガティブな意味合いではなく、作家自身が追い求める場所へ辿り着くには必然的な表現方法だったのではないかと感じます。

麻生三郎の買取金額を絵画・美術品買取専門店の立場から紹介させていただきます。

 

麻生三郎の買取金額について


麻生三郎の作品はマーケットにはそれほど多く出回っておらず、希少な作家と言えます。

現在の買取相場は10号サイズとして30万~60万円前後となります。2000年前後は倍以上の評価額でしたらが、20年で半分ぐらいまで価値が落ち込んでいます。

 

人物や花などのモチーフを麻生三郎のフィルターを通して描かれる作品は西洋的な空間配置を無視して暗く思い色合いで構成されています。戦中から戦後にかけては、子どもや妻をモデルに、身近の人間に目をむけ、また、そうした人間のいる風景にも、実在する重さを見出して描きつづけていました。

晩年にいたるまでの作品は、黒、灰色におおわれた画面に、震えるような、神経質な線描によって描かれた人間がわずかに判別できるという独特の表現様式です。

一般的な具象作品も見受けられますが、対象物の実体を分解して再度配置したような作品が高価買取しやすいです。作風を文章で説明することが難しい作家のひとりなので、作品画像をお送りいただけると査定はスムーズになります。

 

麻生三郎の略歴


1913年に東京府京橋区本湊町に生まれました。1930年に明治学院中学部を卒業し、太平洋美術学校選科に入学します。同学校で洋画家・松本竣介と知り合います。1936年にエコール・ド・東京の結成に、寺田政明、吉井忠らとともに参加しました。1938年2月から9月まで、ヨーロッパ各地を旅行し、そこで触れた西洋古典絵画の深さは、その後の表現に影響を与えたといわれています。1939年に第9回独立美術協会展に出品後、美術文化協会の結成に参加しました。

1943年に井上長三郎、靉光、鶴岡政男、糸園和三郎、松本竣介といった同世代の画家たち8人があつまり新人画会を結成しました。44年まで、わずか3回の展覧会を開催しただけですが、戦時下の困難な状況で画家たちの自主的な活動として、その意義は大きいといえます。

戦中にアトリエや作品を焼失する不運に見舞われますが、1947年に新人画会の他の同人たちとともに自由美術家協会に入会し、精力的に活動を再開します。1952年に武蔵野美術学校(現在の武蔵野美術大学)で後進の指導にあたります。1963年には第13回芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。1964年に自由美術家協会を退会し、以後無所属として活動をつづました。1981年に武蔵野美術大学を退職しました。享年87。

 

【絵画・美術品の買取専門店『獏』へお任せ下さい】