アンディ・ウォーホルってどんなアーティスト?代表作「キャンベルスープ缶」や作品の買取価格ついて徹底解説

2022/01/26 ブログ

アンディ・ウォーホルってどんなアーティスト?代表作「キャンベルスープ缶」や作品の買取価格ついて徹底解説

アンディ・ウォーホル_毛沢東

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アンディ・ウォーホルは、マンガのひとコマを拡大して描いたロイ・リキテンスタインと並んで、アメリカでのポップ・アートの創設者といわれています。身の回りにあるものや誰もが知っている有名人を感情表現を用いないクール作風で描いたアンディ・ウォーホルは、1960~1980年代のアメリカで大変な人気を集めました。

 

今回は、現在も多くの人を魅了し続け、億を超えて取引されることもあるアンディ・ウォーホルの作品について解説します。

 

 

アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の略歴

出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

アンディ・ウォーホルの出生日や出生地については諸説あります。「The Andy Warhol Museum」のサイトでは、アンディ・ウォーホルは1928年の8月6日にアメリカのペンシルベニア州ピッツバーグで生まれたと紹介しています。両親はスロバキア系の移民でした。

 

幼少期のアンディ・ウォーホルはシデナム舞踏病という病に苦しみ、震えを伴う発作や色素が抜けてしまう症状に悩まされました。また、父親を早くに亡くしているため経済的に苦しい生活を送りました。しかし、1945年には奨学金を利用してカーネギー工科大学(現カーネギーメロン大学)へ入学することが叶います。アンディ・ウォーホルは、ここで商業美術やデザインについて学びました。

 

 

1952年:初の個展をニューヨークの画廊で開催。15点を出品。

 

大学卒業後、商業デザイナーとして活躍したアンディ・ウォーホルですが、徐々に芸術家を目指すようになります。そして1952年、ニューヨークの画廊で初の個展を開くことに成功しました。ただし、出品した作品はこのときほとんど売れなかったともいわれています。また、1952年はアンディ・ウォーホルが母親を呼び寄せて、ニューヨークで共同生活を送り始めた年でもあります。

 

この頃からアンディ・ウォーホルはセルフプロデュースにも力を入れ始め、彼のトレードマークである銀髪のかつらをかぶるようにもなりました。

 

 

1962年:ドル札、キャンベル・スープ、マリリン、惨事シリーズを制作。

 

1962年、アンディ・ウォーホルは『キャンベル・スープ缶』、『狙撃されたマリリン』、『100ドル紙幣』、『死と惨事(惨劇、惨禍)』シリーズなどの人気作品を次々に発表しました。これによって彼はようやくポップアーティストとして世間に広く知られるようになります。

 

その後、30代なかばとなったアンディ・ウォーホルは、「ファクトリー」と名付けた広いアトリエへと移りました。そこでは分業制で次々とシルクスクリーンの名作が生み出されました。しかし、ファクトリーはやがて彼のパトロンや若い芸術家、麻薬密売人などが入り乱れる場になっていきました。そしてある日事件が起きます。

 

1968年、アンディ・ウォーホルはファクトリーの常連であった女性に銃撃されてしまいます。この事件を受けてファクトリーは閉鎖されました。

 

 

1970年:シルクスクリーンによる制作を再開。「ライフ」誌が、60年代に最も影響力のあった人物として、ビートルズとウォーホルを挙げる

 

ファクトリーが閉鎖されると、アンディ・ウォーホルは、「オフィス」という仕事場に移ります。さらに、1970年代から1980年代にかけては、有名人の肖像画を多く制作しました。写真を利用したシルエットに鮮やかな背景を組み合わせて表現するこれらの作品の中には、代表作品のひとつである『毛沢東の肖像画』などがあります。

 

また、1970年にはアメリカの人気週刊誌「ライフ」の中で、「1960年代にもっとも影響力のあった人物」としてビートルズとともにアンディ・ウォーホルが取り上げられ注目を集めました。

 

 

1983年:冬季オリンピック・サラエボ大会のポスターを制作

 

1983年、アンディ・ウォーホルは1984年にサラエボで開催される冬季オリンピックのポスター『スピードスケーター』を制作しました。

 

アンディ・ウォーホルは、1980年代にはテレビなどの公の場にも多く出演し、ジャン=ミシェル・バスキアやキース・へリングなどの若手現代アーティストとも交流しています。

 

1987年、胆のう手術後の合併症が原因で、ポップアートの巨匠アンディー・ウォーホルは惜しまれつつこの世を去りました。ウォーホルの訃報はまたたく間に世界中をかけめぐり、多くの著名人が彼の葬式に参加しました。

 

 

アンディ・ウォーホルの作品の世界観

 

アンディ・ウォーホルは、ロイ・リキテンスタインやキース・へリングらと共に、アメリカのポップ・アートを代表するアーティストのひとりです。

 

ポピュラー・アート(大衆芸術)の略称であるポップアートとは、大衆文化に存在するさまざまなものを絵画や彫刻に取り入れる動きや、そうしてできた作品自体を指します。

 

アンディ・ウォーホルは、スープ缶やコカ・コーラの瓶、ブリロ(アメリカで販売された石けん付きのたわし)の箱など大量生産された製品を、アートとして絵画や彫刻に再現しました。また、誰もが知っている有名人の姿をシルクスクリーン(版画の一種)の技法を用いて大量生産しています。

 

大恐慌を乗り越えて訪れた1960年代のアメリカにおいて、アンディ・ウォーホルの作品は富や幸福の象徴として人気を集めました。

 

 

アンディ・ウォーホルの代表作品を解説

 

アンディ・ウォーホルは、数ある芸術家のなかでも特に多作な芸術家です。絵画や彫刻に加えて映画やCDジャケットなどの制作も幅広く行いました。今回は、そんなアンディ・ウォーホルの作品から、代表的な絵画を3つ紹介します。

 

 

キャンベルスープ缶

Andy Warhol’s Campbell’s Soup Cans

『キャンベルスープ缶(1962)』

出典元:flickr

 

アンディ・ウォーホルはキャンベルスープ缶を扱った作品をいくつか制作しています。アンディウォーホルにとって、キャンベルスープは幼い頃によく飲んでいた親しみのある題材でした。

 

1962年に制作した初期の傑作『キャンベルスープ缶』はキャンベル社が販売していた32種類のスープ缶を描いています。キャンベルスープ缶を数多く羅列することで、キャンベルスープの持つイメージに別のイメージを加えることを狙って制作されました。

 

 

マリリン・モンロー

Andy Warhol - Marilyn  1967

『Marilyn (1967)』

出典元:flickr

 

アンディ・ウォーホルは人気映画女優のマリリン・モンローも多く描いています。1962年に制作された『狙撃されたマリリン』は、彼女が薬物の過剰摂取によって亡くなった直後に描かれました。

 

大量消費社会の暗部や人間の死に興味を持っていたアンディ・ウォーホルは、マリリン・モンローのファンであったこともあり、その後も彼女をさまざまなヴァリエーションのシルクスクリーン作品で取り上げています。

 

 

毛沢東

Andy Warhol Mao

出典元:flickr

 

1973年に描かれた『毛沢東』は、天安門広場にある毛沢東の巨大な肖像画をコピーして制作されました。毛沢東とは、中国共産党の創立党員のひとりで、のちに党の指導者になった政治家です。

 

1950年代の後半から神格化が進んだ毛沢東のプロパガンダに対して、アンディ・ウォーホルは嫌悪感を持っていました。そのため、あえて派手な色で毛沢東に落書きをするように描いたといわれています。

 

 

「The Andy Warhol Museum」でアンディ・ウォーホルの作品の鑑賞が可能

出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

「The Andy Warhol Museum」は、アンディ・ウォーホルの出生地であるペンシルべニア州のピッツバーグにある美術館です。アンディ・ウォーホル美術財団とカーネギー財団の共同事業で創立され、1994年に開館しました。

 

建築家リチャードグラックマンがリノベーションした7階建ての建物を利用しており、アンディ・ウォーホルの代表作である『キャンベルスープ缶』やマリリン・モンローなどの有名人を描いた作品を含む、さまざまな作品や資料を展示しています。さらに、地下には教育普及のためのスタジオや研究所もあります。アンディ・ウォーホルの作品を楽しみ、芸術家としての歩みを学ぶには、The Andy Warhol Museumがうってつけといえるでしょう。

 

The Andy Warhol Museumは、4つのカーネギー博物館のうちのひとつでもあります。カーネギー博物館とは、カーネギー財団が運営するピッツバーグの4つの博物館を総称した呼び名です。カーネギー博物館にはThe Andy Warhol Museumの他、カーネギー自然史博物館、カーネギー美術館、カーネギー科学センターがあります。

 

The Andy Warhol Museum

 

 

アンディ・ウォーホルのコラボ商品

 

アンディ・ウォーホルの死後、彼の生前の希望にこたえてアンディ・ウォーホル美術財団が設立されました。このときに取得した作品の著作権や商標を元に、アンディ・ウォーホル美術財団はさまざまな企業とのコラボレーションを行っています。こうして確保された資金は、芸術の普及や若いアーティストの支援のために使われています。

 

それでは、最近販売されたアンディ・ウォーホルのコラボ作品を2つ紹介しましょう。

 

 

SK-Ⅱ

 

2021年10月、P&Gジャパンの子会社が販売する化粧品ブランド「SK-Ⅱ」が、アンディ・ウォーホルとのコラボ作品「ピテラ™エッセンス アンディ・ウォーホル限定版コフレ」を数量限定発売しました。

 

この商品には、アンディ・ウォーホルが手掛けたテレビ番組「Andy Warhol TV」を象徴する鮮やかなカラーバーがデザインされています。また、ボトルには「All is pretty(すべての人は美しい)」などアンディ・ウォーホルが残した美に関する3つの名言が刻まれており、話題になりました。

 

 

UNIQLO(ユニクロ)

 

2021年6月、高品質なアイテムを低価格で扱うことで知られるアパレル企業「UNIQLO(ユニクロ)」が、アンディ・ウォーホル、ジャン=ミシェル・バスキア、キース・へリングとコラボレーションしたアイテムを販売しました。

 

アンディ・ウォーホルの「キャンベルスープ缶」や「ブリロ・ボックス」をあしらったおしゃれなTシャツが販売されて人気を集めました。

 

 

アンディ・ウォーホルの名言

 

ポップ・アートの巨匠アンディ・ウォーホルは、その独特の感性によって数々の名言を世に残しました。アンディ・ウォーホルの残した興味深い名言をいくつか紹介します。

 

・「I’ve never met a person I couldn’t call a beauty.(美しくない人なんて、僕は出会ったことがない)」

 

・「I really do live for the future, because when I’m eating a box of candy, I can’t wait to taste the last piece.(箱に入ったキャンディーを食べているとき、最後の一個を味わうのが待ち遠しくてしかたがない。そう、僕は未来のために生きているんだ)」

 

・「If you want to know all about Andy Warhol, just look at the surface of my paintings and films and me, and there I am. There’s nothing behind it.(アンディ・ウォーホルのすべてを知りたいなら、僕の絵と映画、僕の表を見さえすればいい。そこに僕がいる。裏には何もない)」

 

はじめの2つはアンディ・ウォーホルの著書『The Philosophy of Andy Warhol』の中に出てくる言葉、最後の1つはアンディ・ウォーホルが「僕には何も失うものがない」というインタビューの中で語った言葉です。

 

これらの名言からは彼の生き様や価値観を伺うことができるでしょう。今なお薄れることのない輝きを持つアンディ・ウォーホルの言葉は、現代に生きる私たちへ気付きを与えエールを送ってくれています。

 

 

アンディ・ウォーホルの作品の落札価格ランキング(2021年9月現在)

 

アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品は、エディションの少ないものだと億単位で売買されることもあります。今回は、高額で落札されたアンディ・ウォーホルの作品、TOP3を紹介します。

 

 

第3位:Green Car Crash (Green Burning Car I) / 緑のカー・クラッシュ (緑の燃える車 I)|約78億8,920万円(2007年)

 

自動車事故の様子を描いた『Green Car Crash (Green Burning Car I) 』は、1960年代に制作された『死と惨事』シリーズのうちのひとつです。

 

この作品は、世界最大の競売会社クリスティーズが2007年5月にニューヨークで行ったオークションにて、約78億8,920万円で落札されました。予想落札価格の2倍以上で落札されたこの作品は、2013年に『Silver Car Crash (Double Disaster)』が約115億9,895万円で落札されるまで、最高金額で取引されたアンディ・ウォーホルの作品として君臨し続けました。

 

 

第2位:Triple Elvis [Ferus Type] / トリプル・エルヴィス (フェルス・タイプ)|約90億1,175万円(2014年)

 

第2位は、カウボーイ姿のエルヴィス・プレスリーを描いた『Silver Car Crash (Double Disaster)』です。エルヴィス・プレスリーが主演を務めた『燃える平原児』という映画の宣伝に使われた写真をもとに描かれました。同じ写真を使ってアンディ・ウォーホルはさまざまなバリエーションの作品を制作しています。

 

この作品は、2014年11月にニューヨークで行われたクリスティーズのオークションで約90億1,175万円という高額で落札されて話題になりました。

 

 

第1位:Silver Car Crash (Double Disaster) / 銀色のカー・クラッシュ (二重の惨劇)|約115億9,895万円(2013年)

 

アンディ・ウォーホルの作品の中で最も高額で取引されたのは、第3位の作品と同じ『死と惨事』シリーズのうちのひとつである『Silver Car Crash (Double Disaster) 』です。この作品には2枚のパネルが使われており、右側の何も描かれていない銀色のパネルは「死」をあらわしているといわれています。

 

この作品は、2013年にニューヨークで行われたサザビーズのオークションで、約115億9,895万円という驚きの価格で落札され、アンディ・ウォーホルの作品で最も高額で落札された作品となりました。このように高額になったのは、3人の入札者が競い合って値を釣り上げたためです。

 

 

アンディ・ウォーホルの作品の買取相場

 

アンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品は、買い取り金額が幅広いのが特徴です。比較的低額で数万円程度で取引されるものもあれば、1,000万円を超えるような高額で取引されるものもあります。エディションが多いものは低額に、エディションが少ないものは高額になる傾向にあります。

 

また、作品の種類や保存状態などの条件があえば、相場以上の高値で取引されることもあるかもしれません。問合せをするタイミングで買取金額が若干変わってくる可能性もあるので、まずは十分な査定実績を持つプロの業者に問い合わせてみましょう。

 

 

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