ジム・ダインとは?ポップアートの創成期に活躍した作家の代表作や買取価格について解説
ジム・ダインとは?ポップアートの創成期に活躍した作家の代表作や買取価格について解説
ジム・ダイン(Jim Dine)は、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインとともにポップ・アートの創成期を華やかに彩った、アメリカのアーティストです。しかしながら、一般的なポップ・アートとは異なる感情のこもった抒情的な作風で知られることから、抽象表現主義とポップ・アートの間に存在する作家ともいわれています。
今回は、80歳を越えた今も精力的に活動を続けるジム・ダインについて、代表作や作品が観られる美術館、買取価格などについて幅広く解説します。
ジム・ダインの略歴
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
早速、ジム・ダインの略歴を、作風の変化などと合わせて簡単に紹介します。
1958年:ニューヨークで活動を開始し「ハプニング」に取り組む
ジム・ダインは、アメリカオハイオ州のシンシナティという街で1935年に誕生しました。幼いころから絵を描くのが好きだったジム・ダインは16歳のときに絵を学び始め、シンシナティ大学やボストン美術館芸術大学、オハイオ大学を経て学びを深めます。
1958年、ジム・ダインはニューヨークに出ると、芸術家のクレス・オルデンバーグやアラン・カプローらと知り合います。そして彼らとともに当時盛んであったハプニング(市街地などで行われる演劇性を持った芸術活動)に取り組むようになりました。ジム・ダインがアーティストとしての一歩目をふみ出したのは、1959年のジャドソン画廊でのハプニングでした。
1960年代前半~:身近なものを描いた絵画作品の制作開始
ジム・ダインは1960年代の前半から、身近な日用品を題材とした絵画を制作し始めます。そして、1962年から1965年にかけて、当時ポップ・アートの拠点となっていたシドニー・ジャニス画廊での展覧会にアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインらと参加し、ジム・ダイン自身もポップ・アーティストとして広く世間に知られるようになりました。
しかし、ジム・ダインは自らがポップ・アーティストとして扱われることに満足しませんでした。その後は都会を離れてポップ・アートから距離を置き、写実的な版画や素描を制作します。この頃のジム・ダインは、1969年のニューヨーク近代美術館での個展や、翌年のホイットニー美術館での個展などを通して精力的に作品を発表しています。
1984年~1985年:ウォーカー・アート・センターなどで回顧展を開催
ジム・ダインは1980年代になると彫刻作品も手がけるようになります。そして、1984年から1985年にかけて、ウォーカー・アート・センターなどで自身の回顧展を行いました。ウォーカー・アートセンターはミネソタ州のミネアポリスにある近代美術を専門に扱う美術館で、演劇や音楽の公演なども行っています。
また、1990年には日本で初の回顧展を伊勢丹美術館で開催し、このときにはジム・ダイン自身も来日しました。その後もジム・ダインは1997年にヴェネツィア・ビエンナーレに参加し、2003年にはフランスより芸術文化勲章を受賞しました。
2011年:名古屋ボストン美術館で「ジム・ダイン 主題と変奏」展開催
2011年、名古屋ボストン美術館で、ジム・ダインの半世紀にわたる版画制作の軌跡をたどる「ジム・ダイン 主題と変奏」展が開催されました。名古屋ボストン美術館はアメリカのボストン美術館の姉妹館として1999年に開館した美術館です。
名古屋ボストン美術館は2018年に閉館しました。最後の展覧会「ハピネス~明日の幸せを求めて」ではジム・ダインのハートをモチーフとした作品『ザ・ワールド(アン・ウォルドマンのために)』などが展示されました。
ジム・ダインは80歳を越えたいまもなお精力的に制作に励んでおり、世界各地でジム・ダインの展覧会が行われています。
ジム・ダインの作品の世界観
ジム・ダインはポップ・アートの創成期にアンディ・ウォーホルらとともに活躍し、ポップ・アートの作家たちが盛んに行っていたハプニングにも積極的に取り組んでいました。しかし、本人も主張している通り純粋なポップ・アートの作家とは異なる部分を持っています。
ジム・ダインが取り上げるテーマは、他のポップ・アーティストと違って個人的なものが多く、彼自身がそれに対して強い思い入れを持っているものでした。のこぎりやかなづちなどの工具や、ネクタイ、バスローブなどの身の回りのものを、抽象表現主義風のある種感情的なタッチで描いたジム・ダインは、没個性的でドライな作風を特徴とするポップ・アートとは一線を画しています。
大衆的(ポップ)でありながらも表現主義的な傾向を持つ作品を制作したジム・ダインは、アメリカの流行が抽象表現主義からポップ・アートに移り変わる狭間に生まれた、中間に位置する作家といえるでしょう。
>>ポップアートとは?誕生した背景や、有名なアーティストと代表作品を徹底解説
ジム・ダインの代表作品を解説
それではジム・ダインの代表作品や、彼が取り上げる代表的なモチーフについて合わせて紹介します。
ハートをモチーフとした作品
A Beautiful Heart (1996年)
出典元:flickr
ジム・ダインは、1965年に『真夏の夜の夢』の舞台美術でハートを用いました。それ以来、ハートはジム・ダインの主要なモチーフとなり、作品の中に何度も取り入れられています。
ハートを用いた作品には、数多くのハートをさまざまな色で描いた『ザ・ワールド(アン・ウォルドマンのために)』(1971〜1972年)や、4つの赤いハートを描いた『エル・エー・アイワークス』(1982年)、画面いっぱいに緑色のハートが描かれた『晩冬のロマンス』(1981年)などがあります。
自画像(バスローブ)
新しい形の自画像を生み出そうと考えたジム・ダインは、自分の姿を描く代わりにバスローブを描きました。1964年に描いた顔のない自画像を皮切りに、その後もジム・ダインはバスローブをモチーフに繰り返し描いています。
滋賀県立近代美術館は、バスローブをモチーフとした作品『自画像』(1970~1973年)を所蔵しています。
道具
木工道具店店主の家庭に生まれたジム・ダインは、工具など身近な道具を描いた作品を多く制作しました。なかでも1962年に制作したリトグラフによる最初の「道具」は、東京国際版画ビエンナーレ展に出品されたことで知られます。
オハイオ大学で版画制作を本格的に学んだジム・ダインは、版画作品も多く残しました。
Walking to Borås
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジム・ダインは6歳のときにディズニー映画の「ピノキオ」を見て、それ以来ピノキオに心惹かれていました。30歳頃に外出先でピノキオの詳細なおもちゃを見かけると、その気持ちは一層高まります。
50代になるとピノキオをモチーフとした作品を制作するようになりました。なかでも『Walking to Borås』は、2008年に発表された歩くピノキオを表現する9mのブロンズ像で、スウェーデン南部の都市ボロースに展示されています。
ジム・ダインの作品を鑑賞できる日本の美術館
続いて、ジム・ダインの作品が観られる日本の美術館を三つ紹介します。
東京都現代美術館
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
緑豊かな木場公園内にある「東京都現代美術館」は、現代美術を専門に取り扱う公立美術館です。パークサイドエントランスから「水と石のプロムナード」「中庭」を通って美術館内外を散歩できる構造が多くのファンを魅了し、東京都現代美術館の見どころの一つとなっています。
東京都現代美術館が所蔵しているのは、ジムダインが1981年に制作した『晩冬のロマンス』です。この作品が描かれたとき、ジムダインは友人の精神的危機に接していました。暗い色調で描かれた緑色のハートには、この作品を制作していた頃のジム・ダインの心象があらわしているのかもしれません。
住所 | 〒135-0022 東京都江東区三好4-1-1(木場公園内) |
アクセス |
首都高速9号深川線「木場」出口から車で約5分「枝川」出口から約10分 東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」B2番出口より徒歩9分 都営地下鉄大江戸線「清澄白河駅」A3番出口より徒歩13分 |
営業時間 |
10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで) ※月曜日、展示入替期間、年末年始は休館 |
料金 | コレクション展と企画展で異なる |
公式HP | https://www.mot-art-museum.jp/ |
愛知県美術館
「愛知県美術館」では、国内外の20世紀美術を主にコレクションしています。20世紀前半にヨーロッパで活躍したパブロ・ピカソや、戦後アメリカで活躍したモーリス・ルイス、欧米の美術の影響を受けつつ自らの芸術を模索した日本の近現代の作家らのすぐれた作品を観賞できます。
ジム・ダインの作品では、1962年に制作した『芝刈機』を所蔵しています。『芝刈機』は1962年に開催されたシドニー・ジャニス画廊での展覧会にアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインらの作品とともに出品された、芝刈機そのものを提示するスタイルの立体作品です。
住所 | 〒461-8525 名古屋市東区東桜一丁目13番2号 |
アクセス | 名古屋高速都心環状線「東新町」出口から車で3分 |
営業時間 |
10:00~18:00 ただし、金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで) ※月曜日、展示入替期間、年末年始は休館 |
料金 | コレクション展と企画展で異なる |
公式HP | https://www-art.aac.pref.aichi.jp/ |
滋賀県立近代美術館
出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「滋賀県立近代美術館」は、戦後アメリカ美術を代表する作家の名品やアール・ブリュットの作品をコレクションしていることで知られています。1984年に滋賀県立近代美術館として開館し、2021年に時代や傾向を限定しない美術館として、リニューアルしました。
エントランスロビーにはカフェ、2階にはキッズスペースもある親しみやすい美術館です。 滋賀県立近代美術館は、ジム・ダインが1970年から1973年にかけて制作した『自画像』を所蔵しています。
住所 | 〒520-2122 滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1 |
アクセス |
新名神高速道路 草津田上インターを降りて車で約5分 その後びわこ文化公園の駐車場(無料)から美術館まで徒歩約5分 JR琵琶湖線 瀬田駅で下車、 その後路線バスに乗り換え「県立図書館・美術館前」または 「文化ゾーン前」で下車、バス停から美術館まで徒歩約5分 |
営業時間 | 9:30~17:00(入館は16:30まで) ※月曜日、年末年始は休館 |
料金 | コレクション展と企画展で異なる |
公式HP | https://www.shigamuseum.jp/ |
ジム・ダインの作品の買取価格相場
ジム・ダインはバブル期に日本に紹介され、現在も需要が高い海外アーティストです。特に「ハート」や「バスローブ」をモチーフにした作品が人気を集めています。 国内に流通する作品の多くは版画であり、買取金額は数万円台から数十万円台と幅広いでしょう。
高価買取のポイントは色の鮮やかさとコラージュの有無です。オハイオ大学で版画を本格的に学んだジム・ダインは、リトグラフ・木版・シルクスクリーンなど、さまざまな技法で版画を制作しています。
版画作品の中では、銅版画作品は厳しい評価となる傾向にあります。色が使用されている割合が少なく、それが評価に影響しています。
具体的な金額は作品次第となるため、ジム・ダインの版画作品のご売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。
ジム・ダインに関する豆知識(トリビア)
最後に、ジム・ダインにまつわる二つの意外な豆知識について答えます。
ジム・ダインはネオダダのアーティスト?
「ネオダダ」とは、1950年代後半から1960年代のアメリカに起こったムーブメントです。既製品をそのまま作品に用いたり、コラージュ・アッサンブラージュ(立体的なものを貼りつけたり積み上げたりすること。コラージュの立体版)して用いたりするのが、ネオダダの特徴です。このようなテクニックや反芸術性が第一次世界大戦中に起こったムーブメント「ダダイスム」に共通するとみなされ、ネオダダという言葉が生まれました。
しかし、ネオダダの新品より廃品が好まれるところや即物性や即興性が高いところは、ダダイスムとは異なります。美術評論家ハロルド・ローゼンバーグはが、抽象主義からポップ・アートに移り変わる過程で活躍したロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズ、ジム・ダインなどの作家をまとめてネオダダと呼んだため、ジム・ダインもネオダダの作家として紹介されることがあります。
ジム・ダインは詩も作っている?
ジム・ダインは、絵画や彫刻以外にも、舞台デザインや詩も手がけていることで知られています。ジム・ダインは詩人の友人ロバート・クリーリーの影響で詩を制作し、実際にいくつかの詩画集も出版されています。
ジム・ダインの作品は強化買取中
ジム・ダインは、ポップ・アートの創成期に大いに注目され、今でも精力的に活動を続ける人気のアーティストです。そんなジム・ダインの作品をお持ちで売却を検討している方がいらっしゃいましたら、当社にご相談ください。丁寧に鑑定させていただきます。
また、鑑定経験が豊富な美術品買取専門店、株式会社獏では、ご希望により簡単・手軽・便利のすべてを実現したLINE査定も可能です。
LINE査定なら、わざわざ店舗に足を運んだり直接スタッフと話したりする必要もありません。余計な手間や時間を一切かけずに査定できるので、仕事や家事で忙しい方に人気です。
美術品や骨董品の売却をご検討の方は株式会社獏にご相談ください。