白髪一雄とはどんな画家?スターバックス社長も所有する「臙脂」などの代表作や略歴について解説

2022/02/16 ブログ

白髪一雄とはどんな画家?スターバックス社長も所有する「臙脂」などの代表作や略歴について解説

白髪一雄_高尾

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白髪一雄(しらがかずお)は日本の抽象画家であり、戦後日本の前衛芸術を牽引したアーティスト集団、具体美術協会の中心メンバーとして知られています。フット・ペインティングという前例のない独特の制作方法で生み出された白髪一雄の作品は、海外からも高い評価を得ています。

 

今回は、日本におけるパフォーマンス・アートの第一人者であり、近年人気が高まっている白髪一雄の略歴や代表作品について紹介します。

 

 

白髪一雄の略歴

 

白髪一雄が得度した比叡山延暦寺

出典元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

白髪一雄は1924(大正13)年、兵庫県尼崎市西本町に生まれました。呉服商を営む父親が趣味で絵を描いていたため、それに影響されて白髪一雄も小さいころから絵をよく描いていたそうです。

 

兵庫県立尼崎中学校(現在の兵庫県立尼崎高等学校)では絵画部に所属し、この頃から画家を目指すようになりました。1942(昭和17)年に京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に進学してからは日本画を専攻しますが、その後は油絵に転向して大阪市立美術館の専門教育施設である美術研究所で学びを深めました。

 

 

1952年:画家の金山明、村上三郎、田中敦子らと共に0会を結成し、同年に結成された現代美術懇談会に参加

 

1952(昭和27)年、白髪一雄は同じ美術研究所で学んだ仲間である現代美術家の金山明、村上三郎らと共に「0会」を結成します。作品を持ち寄って批評し合うのが主な活動内容で、翌々年には大阪そごう百貨店のショーウィンドーで0会展も行いました。

 

また、1952(昭和27)年には吉原治良、須田剋太、山崎隆夫、中村真、植木茂、田中健三によって結成された「現代美術懇談会」にも参加しています。

 

「田中敦子」に関する記事はこちら

 

 

1954年:天井から吊したロープにぶら下がり床に広げたキャンバスに足で直接描く「フット・ペインティング」の制作を始める

 

油絵に転向したばかりの白髪一雄は風景画や人物画を描いていましたが、やがて既存の絵画の枠から出て独自の創作を行いたいと思い始めました。そして1954(昭和29)年に天井から吊るしたロープにつかまって、床に広げたキャンバスに足で描く「フット・ペインティング」という方法を生み出します。

 

同年、白髪一雄は足で描いた最初の作品『作品II』を0会展に出品して注目を集めました。足を絵筆代わりにするという前代未聞の描画方法は、身体運動(パフォーマンス)と絵画を結びつける画期的な制作方法でした。

 

 

1955年:具体美術協会に参加

 

1955(昭和30)年、白髪一雄は「0会」の仲間とともに「具体美術協会」に参加します。「具体美術協会」とは、抽象画家で実業家でもあった吉原治良をリーダーとして、阪神地域に住む若い美術家たちが集って作られた、1954(昭和29)年結成の前衛アーティスト集団です。

 

具体美術協会の中心メンバーとして活躍した白髪一雄は、パフォーマンス・アートの先き駆となる存在でした。この頃には『水滸伝』に登場する豪傑のあだ名をタイトルにつけた迫力ある作品群を制作しています。

 

 

1971年:比叡山延暦寺で得度し、天台宗の僧侶となる

 

白髪一雄は、1971(昭和46)年に密教への関心が高まり比叡山延暦寺で得度(出家)し、天台宗の僧侶となりました。さらに翌年、吉原治良の死去をきっかけに具体美術協会が解散し、この頃から白髪一雄の作品には密教的な濃密な精神性があらわれ始めます。制作スタイルも、これまでの素足で描くものからスキージという長いヘラを用いて描くスタイルに変化しました。

 

1974(昭和49)年に35日間の仏道修行「四度加行」を満行してからは、スキージで円相を描いた作品を多く制作しましたが、円相の繰り返しによって制作するスタイルに行き詰まり、再びフット・ペインティングに回帰します。 1987(昭和62)年に兵庫県の文化賞、1999(平成11)年に文部大臣からの地域文化功労者表彰、2002(平成14)年に大阪府の芸術賞を受けた白髪一雄は、2008(平成20)年、尼崎市にて敗血症のために83歳で逝去しました。

 

 

白髪一雄の作品の世界観

 

[ S ] Kazuo Shiraga - Untitled (1987)

『Untitled (1987)』

出典元:flickr

 

白髪一雄の作品の最も大きな特徴は、他に例を見ない独特の方法で生み出されたということでしょう。

 

白髪一雄は1951(昭和26)年にアメリカの抽象表現主義、またはアクション・ペインティングの第一人者であるジャクソン・ポロックの作品に出会いました。床にキャンバスを置いて制作するジャクソン・ポロックから刺激を受けた白髪一雄は、それを発展させて独自の制作方法を生み出します。それが、天井から吊るしたロープにつかまって、床に広げたキャンバスに足で描く「フット・ペインティング」という方法です。

 

白髪一雄はフランスの美術批評家ミシェル・タピエに認められ、型にはまった表現を否定し、生命の躍動を激しい表現行為に託す美術運動、アンフォルメルにも参加しました。1962(昭和37)年以降にはヨーロッパ各地で作品を発表しています。

 

フット・ペインティングを開始したばかりの頃には荒々しく迫力ある作品を多く作った白髪一雄ですが、1870年代以降は密教的な濃密な精神性が作品の中にあらわれ始めます。スキージを使った制作からフット・ペインティングの制作に回帰したのちには清々しさや高められた精神性が感じられる作品を生み出すようになりました。

 

フット・ペインティングという画期的な方法で制作される白髪一雄の作品は、生命の輝きを感じさせる圧倒的な力をはらんでいるといわれています。また、絵の具の粘性や流動性といった質感がリアルに感じられる油彩画ならではの魅力も持っており、国内のみならず海外でも高い評価を得ています。

 

 

白髪一雄の代表作品を解説

 

それでは、白髪一雄の代表作品の中から特に有名な3点を紹介します。

 

 

臙脂

 

スターバックスの創始者であり世界的な大企業に育てた実業家ハワード・シュルツは、実はアート・コレクターとしても広く知られています。2018年にスターバックスを退社したハワード・シュルツですが、かつて彼のオフィス・ルームには白髪一雄の『臙脂』が飾られていました。

 

2012(平成24)年に放送されたテレビ東京の「カンブリア宮殿」でハワード・シュルツが特集されたときに、番組内の映像で室内に飾られた白髪一雄の作品が写り、話題になりました。

 

 

タジカラ男

 

白髪一雄が1969(昭和44)年に制作した『タジカラ男(お)』は、力強いタッチで塗られた鮮やかな赤と黒が印象的な縦114cm×横88cmの作品です。

 

1989(平成元)年に兵庫県の加西(かさい)市が130万円で購入しましたが、2017(平成29)年に加西市から尼崎市へ寄託されました。白髪一雄の『タジカラ男』は加西市デジタルミュージアムでも鑑賞することができます。

 

 

作品B

 

白髪一雄の制作した『作品B』は赤と黒を基調とした縦122cm×横96cmのダイナミックな作品です。1993(平成5)年に大阪府枚方市の京阪電鉄枚方市駅周辺の高架化を記念して施工業者から寄贈され、その後は駅の構内に展示されていました。ところが、2015(平成27)年10月10日の深夜に盗難にあい、世間をあっと驚かせました。

 

実行犯と犯行を指示した自称古物商の男ら2人、作品を盗品と知りながら購入した会社役員の女は2017年に逮捕されました。当時『作品B』は5,000万円相当の価値があったといわれています。

 

 

「白髪一雄記念室」で白髪一雄の作品の鑑賞が可能

 

白髪一雄記念室は、白髪一雄の出身地である尼崎市に2013(平成25)年に開設されました。尼崎市の文化発信の中核施設である尼崎市総合文化センター内に開設されたこの記念室は、白髪一雄の功績を称えてその画業を広く紹介することを目的としています。

 

尼崎市が所蔵する白髪一雄の作品(絵画・版画など)約120点に加え、白髪一雄の没後に遺族から寄贈、寄託された多数の作品や資料(デッサン、スケッチブック、書籍、写真など)を収蔵しており、その数は合わせて約4,000点にも上ります。

 

年に2回の展示替えを行っている白髪一雄記念室では、アクション・ペインティングによる作品はもちろんのこと、そこに至るまでに描かれた初期の風景画や初期の油彩作品も鑑賞することができ、白髪一雄の画業を多角的に学ぶことができるでしょう。

 

 

白髪一雄の作品の落札価格とその価値について

 

近年白髪一雄の作品は多くのオークションで高値で取引されています。特に高値を記録した作品を3つ紹介しましょう。

 

 

2018年:高尾|11億3,000万円

 

出典元:ウィキメディア・コモンズ

 

2018(平成30)年の6月にパリで行われたサザビーズのアートコンテンポラリーイブニングセールで、白髪一雄が1959(昭和34)年に制作した『高尾』(縦182cm、横273cm)が約11億3,000万円という大変な高値で落札されて注目を浴びました。

 

 

2014年:激動する赤|5億4590万円

 

白髪一雄の『激動する赤』(縦183cm×横229cm)は、1969(昭和44)年に制作された作品で、翌年の大阪万博に展示されて話題となった作品です。2014(平成26)年にパリで行われたサザビーズのオークションで、5億4,590万円で落札されました。

 

 

2013年:地劣星 活閃婆|2億1650万円

 

『地劣星 活閃婆(ちれつせい かつせんば)』は白髪一雄が制作した「水滸伝シリーズ」のうちのひとつで、1961(昭和36)年の作品です。赤と青の絵の具を使ってダイナミックに描かれたこの作品は、2013(平成25)年にパリで行われたクリスティーズのオークションにおいて2億1650万円で落札されました。

 

 

白髪一雄の作品の買取相場

 

2000年代に入ると海外の美術館やアートマーケットで具体美術協会の評価が高まりを見せ、それにつれて白髪一雄の作品の値段も高騰しています。

 

白髪一雄の油絵作品は抽象的な作品がほとんどで、数百万円のものから1,000万円を超える作品まで様々です。市場に出回っている作品の多くは10号以下ですが、サイズが大きくなるほど評価額が高くなる傾向にあるでしょう。

 

白髪一雄は版画も制作しており、その多くはシルクスクリーン作品です。こちらの買取査定額は一般的には数万円台となるでしょう。サイン、付属品の有無、保存状態なども価格決定にかかわる重要なポイントといえます。

 

 

白髪一雄に関するトリビア

 

最後に、白髪一雄に関するトリビアをいくつかご紹介します。

 

 

白髪一雄の作品はスターバックスの社長にも評価されている

 

世界的に人気の高まっている白髪一雄の作品ですが、スターバックスの前CEOであるハワード・シュルツも白髪一雄の作品を評価しています。

 

ニューヨークのブルックリンで生まれたハワード・シュルツは、経済的に苦しい子供時代を送ったため、従業員に優しい企業づくりにこだわりスターバックスを世界的な大企業に成長させました。そんなハワード・シュルツは、前述のとおりスターバックスコーポレーションの自室に白髪一雄の作品を飾っていたといいます。

 

ハワード・シュルツは優れた実業家であるばかりでなく、実はかなりの美術愛好家なのです。妻のシェリとともにARTnewsのトップ200コレクターリストにもランクインしています。

 

 

白髪一雄の作品はTV番組の「なんでも鑑定団」に出たことがある

 

白髪一雄の作品は、テレビ東京の人気番組「なんでも鑑定団」に出たこともあります。2021(令和3)年に放送されたもので、夫が息子の誕生記念に義父からすすめられて買った作品の鑑定を依頼するという内容でした。この作品は購入後も義父の家に置いたままになっていたそうです。

 

しかし、その作品が鑑定士の山村浩一によって8,000万円という高額で査定されたため、会場は大きな驚きに包まれました。

 

 

白髪一雄の作品は強化買取中

 

近年、白髪一雄の作品はオークションで高値で取引されており、国際的にも改めて注目を集めています。

 

そんな白髪一雄の絵画などをお持ちで、売却を検討している方がいらっしゃいましたら当社にご相談ください。丁寧に鑑定させていただきます。

 

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情報参考サイト

日本現代美術振興協会

モダンアート協会

MOMA

東京都現代美術館

文化庁

文部科学省

 

【関連作家】

元永定正