シミュレーショニズムの特徴を解説|代表的なアーティストや時代背景を紹介
シミュレーショニズムの特徴を解説|代表的なアーティストや時代背景を紹介
20世紀に登場したさまざまな美術の動向の中でも、シミュレーショニズムは特異な特徴があります。
シミュレーショニズムとは、「流用」や「コピー」をすることでオリジナルを超えることを目的とした美術の動向です。つまり本来であれば、美術において邪道とされるコピーや模倣を、表現の手段として用いたアートなのです。
オリジナリティを重んじるアートの世界で、シミュレーショニズムが評価を得たのはどんな理由があるのでしょうか。
シミュレーショニズムの特徴や代表的なアーティストをご紹介いたします。
シミュレーショニズムとは?特徴を解説
画像:flickr photo by tikitoy998
流用やコピーを手段とするシミュレーショニズムとは、いったいどんなアートなのでしょうか。
モダニズムの行き詰まりが影響を与えたともいわれているシミュレーショニズムについて、その特徴を解説いたします。
オリジナルではないアプロプリエーション(盗用・流用・援用)という表現方法を用いる
シミュレーショニズムの基底にあるのは、アートの世界で信奉されるオリジナリティやアウラ(唯一性)に反発し、逆手に取るという概念です。
この概念を体現するための表現方法が、アプロプリエーションでした。
アプロプリエーションは、「盗用美術」と訳されています。しかし、ただ盗用するだけではありません。盗用することによって、想像力や個性などを意識的にそぎ落とし、イメージだけを新しい文脈に取り入れる技術をアプロプリエーションと呼びます。
シミュレーショニズムの一形態として確立したアプロプリエーションは、コピーをわざと粗雑に描いたり、オリジナルの作品へのコメントを表現することで差異を示したりといった技法が用いられます。
オリジナルとコピーとの相違に、アーティストたちの美意識やイデオロギーが垣間見えます。
また複製に近いものを高度な技術で表現することで、「真正性とはなにか」を問いかける意味も有しているといわれています。
サンプリング・カットアップ・リミックスなどが代表的な技法
日本で1991年に上梓された『シミュレーショニズム』によれば、シミュレーショニズムの作家は「サンプリング」「カットアップ」「リミックス」の手法を通して表現する、と定義づけられています。
それぞれの手法は、以下のようになります。
サンプリング | すでにあるイメージを流用する方法 |
カットアップ | オリジナルのイメージを切り刻む方法 |
リミックス | イメージを反復する方法 |
シミュレーショニズムは上記の手法を通し、オリジナルとコピーの関係を無効化するシミュラークルと呼ばれる記号やイメージを構築していくことで、作品となるのです。
シミュレーショニズムの誕生した背景や歴史
不思議な特徴と魅力を持つシミュレーショニズムとは、どのような状況を背景に誕生したのでしょうか。
日本のアートにも大きな影響を与えたシミュレーショニズムについて、歴史と変遷をたどります。
1980年代:ニューヨークを中心に広がり始める
シミュレーショニズムは、1980年代半ばにアメリカのニューヨークを中心に興った美術の動向です。
1986年に『アート・イン・アメリカ』において美術評論家ハル・フォスターが論じたことを皮切りに、1987年にホイットニー美術館で開催された美術展において、シミュレーショニズムは注目を浴びることになりました。
シミュレーショニズムが誕生した背景には、モダニズム(近代主義)の停滞を打開しようとするポストモダニズムの動向がありました。
特にポストモダニズムの代表的な思想家といわれるフランスのジャン・ボードリヤールによって、シミュレーショニズムは理論化されます。
ボードリヤールは、現代の消費社会はオリジナルとコピーの二項対立は存在しえないとし、いずれにも属さない虚構的なものこそが現実であると主張しました。
これが、シミュレーショニズムの動向を端的に表現する理論とされたのです。
1991年:日本の美術評論家である椹木野衣が著した「シミュレーショニズム ハウス・ミュージックと盗用芸術」が芸術家に影響を与えた
前述したように、日本で1991年に椹木野衣が著した『シミュレーショニズム ハウス・ミュージックと盗用芸術』は、世界中で大きな反響を呼びました。
ボードリヤールの思想をもとに執筆された同書は、「怖れることはない。とにかく盗め」という衝撃的な文章から始まります。
シミュレーショニズムは多様なスタイルで表現されますが、それを「サンプリング」「カットアップ」「リミックス」というカテゴリーに分けたことも、椹木野衣の同書が発端でした。
従来の美術史観を覆すような理論を展開したこの本は、アートやカルチャーの動向にも大きな影響を与える名著とされています。
世界的に知られる日本のアーティスト村上隆も、シミュレーショニズムの影響を受けた作家とされています。
シミュレーショニズムと日本との関係は、浅からぬものがあるといえるでしょう。
世界の代表的なシミュレーショニズムのアーティストと作品を紹介
画像:flickr photo by F Delventhal
20世紀の消費社会を揶揄するかのように誕生したシミュレーショニズム、その代表的なアーティストはどんな特徴を持っているのでしょうか。
シミュレーショニズムの代表的なアーティストについて、特徴とともにご紹介いたします。
シェリー・レビーン
シミュレーショニズムの表現方法であるアプロプリエーションを用いたアーティストの代表格、それがシェリー・レビーンです。
レビーンは1947年、アメリカのペンシルヴァニア州に生まれました。
ウィスコンシン大学で学んだのち、ポストモダニズムの方向性が明確になった1977年の『ピクチャーズ』展に参加します。
レビーンはこの展示会に大統領の横顔を描いた作品を出品し、注目を集めました。
その後、コラージュ作品や著名な美術作品の写真を撮影した作品を多数制作し、アートの独創性を問うアプロプリエーションのアーティストとして名前が知られるようになります。
レビーンの代表作には、20世紀前衛美術の源ともいわれるマルセル・デュシャンの《泉》を飲用した《泉(アフター・マルセル・デュシャン)》や、写真家ウォーカー・エヴァンスを複写した《無題(ウォーカー・エヴァンスにならって)》などがあります。
いずれもシミュレーショニズムを代表する作品として、高く評価されています。
マイク・ビドロ
ピカソやアンディ・ウォーホル、ポロックなど、天才たちの作品のコピーで知られるアーティストが、マイク・ビドロです。
1953年、アメリカのシカゴに生まれたビドロは、イリノイ大学やコロンビア大学で学び、アーティストとしての活動拠点をニューヨークに定めました。
その直後、1980年にはニューヨークのアーティストによって結成されたプロジェクトColabに参加し、絵画だけではなく彫刻やインスタレーションでも活躍し、注目されました。
《これはピカソではない》《これはポロックではない》といった巨匠たちの作品を模倣するピドロの作品は物議をかもすことが常ですが、独特の表現方法はアプロプリエーションの真髄とされています。
ウォーホルのファクトリーや、ポロックのアクションペインティングの再現など、ビドロの活動は華々しく目立つものが多いという特徴があります。アート界における排他性や独創性重視の思想に疑問を投げかけ続ける反逆児、といった印象です。
ピーター・ハリー
シミュレーショニズムにはさまざまな様式がありますが、幾何学表現の「ネオジオ」の代表的なアーティストとされているのが、ピーター・ハリーです。
ハリーは1953年にニューヨークに生まれ、イェール大学およびニューオリンズ大学の大学院で学び、幾何学的な作品を発表し始めます。
さらにハリーは文筆家であり、1980年代のアート雑誌にさまざまな記事を寄稿してきました。
その中でも1984年に発表した『幾何学の危機』は、ネオジオとシミュレーショニズムという動向を読み解くことを試み、ハリー自身もシミュレーショニズムのアーティストとして認められるようになりました。
フランスの構造主義以後の思想にも影響を受けたハリーの作品は、蛍光色などの明るい色彩を用いながらも、監獄や社会空間などをテーマにした奥深さが特徴です。代表作には、1981年に制作した《デイグローの監獄》などがあります。
ジェフ・クーンズ
大衆の趣味を研究し、作品にする彫刻家がジェフ・クーンズです。
クーンズはルイ・ヴィトンやユニクロとのコラボでもよく知られていて、シミュレーショニズムのアーティストのなかでも存在感があるアーティストです。
クーンズは1955年、アメリカペンシルバニアに生まれました。シカゴ美術研究所やメリーランド大学で学んだのち、1980年頃から作品を発表し始めます。初期の作品は、前衛美術の祖デュシャンの概念に影響を受けたものが目立ちます。
レディメイドの伝統を守りつつ、ポップアートと同様に商品をテーマとし、大衆にもわかりやすい作品を作ることが彼の特徴です。
その作風はネオジオのひとつとして認められ、特にウサギや犬をモチーフにした作品は若い世代のあいだでも人気を博しています。
代表作には《 フーヴァー社セレブリティIII》(1980)、《ウサギ》(1986)などがあります。
ハイム・スタインバック
クーンズと同じくネオジオに属し、さらにデュシャンの概念をポップに表現するアーリストといわれているのが、ハイム・スタインバックです。
スタインバックは1944年、イスラエルのレホボートで生まれました。若い頃は、イェール大学やフランスのエクス・マルセイユ大学で学んでいます。
ステインバックのアーティストとしての活動の拠点は、ニューヨークでした。1970年代前半には、ポップな色合いの縦長のパネルを並べる形の絵画作品を制作しています。
1970年代後半からスタインバックが製作し始めたのが、さまざまなものを「ディスプレイ」する様式の作品群です。
並べられたものは日用品がほとんどですが、自然、芸術、民芸に宿る精神性を鑑賞者に感じさせることがスタインバックの真骨頂です。
棚に並べられたオブジェクトにはカルチャーだけではなく、社会的政治的な意味合いを持ったメッセージが込められているものも少なくありません。
ステインバックの作品は心理的であり儀式のようでもあり、シミュレーショニズムにおける鑑賞者への問いかけを十二分に見ることができます。
日本にはシミュレーショニズムと似た「ネオポップ」という美術傾向がある
ニューヨークを中心に展開したシミュレーショニズムは、日本で生まれた「ネオポップ」というアートの動向に影響を与えたといわれています。
ネオポップは、日本のアニメやコミックといったサブカルチャーを活用するあり方が、ポップアートに通じるものとして名前がつけられました。
実際、日本のアニメの人気上昇と時を同じくして、ネオポップも世界中で評価がうなぎのぼりになったという経緯があります。
シミュレーショニズムの大衆性や手法が、日本のネオポップに反映され、その誕生や人気の後押しとなったといわれています。
日本にはシミュレーショニズムをメインの作風とした作家は少ない
ネオポップのアーティストには、世界中から注目される日本人が多数存在します。代表的な作家をご紹介しましょう。
村上隆
中原浩大
奈良美智
太郎千恵蔵
中村政人
シミュレーショニズムの影響を受けたとはいえ、彼らはそれとは一線を画す日本のネオポップのアーティストです。ずばりシミュレーショニズムを信奉し作品を制作した作家は、日本ではほとんど知られていない、というのが実情です。
シミュレーショニズムの歴史や代表作家まとめ
1980年代、ニューヨークを中心に盛んになったアートの動向のひとつが、シミュレーショニズムです。
シミュレーショニズムは、ある意味でそれまでのアートのあり方を覆すような、非常にシニカルな要素を持っています。
オリジナリティや唯一性を否定し、過去の美術作品をモチーフにしたり、日常的なごくありふれたオブジェクトを手段にして表現するという特徴があります。
ポストモダニズムを背景に生まれたシミュレーショニズムは、消費社会の現代だからこそ生まれたアートの動向といえるかもしれません。
さまざまな様式によって表現されるシミュレーショニズムは影響力も大きく、日本ではネオポップというカテゴリーが生まれています。
ポップな要素も併せ持つシミュレーショニズムは、アートの初心者にも親しみやすいカジュアルさがなによりの魅力的といえるでしょう。