山口長男とはどんな画家?|抽象絵画の代表作品や買取価格について解説

2022/06/22 ブログ

山口長男とはどんな画家?|抽象絵画の代表作品や買取価格について解説

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山口長男(やまぐちたけお)は、20世紀に活躍した日本の抽象画家です。日本が支配していた時代の韓国で生まれ育ち、朝鮮併合や2つの世界大戦といった歴史のターニングポイントを過ごすなかで、パリにて抽象画を学びました。戦後は抽象画家としての活動の裾野を広げつつ、戦前開催されていた展覧会の再開や教育活動に携わるなど、抽象画家のパイオニア的存在となりました。

 

また、2017年に山口長男にスポットライトを当てたアートオークションが香港で開催されるなど、近年では世界的にも彼への注目が高まりつつあります。

 

 

 

山口長男の略歴

 

山口長男は、20世紀の日本の抽象画の開拓者と言える存在です。幼い頃より絵画に親しみ、芸術大学やフランスで美術を学んだのち、画家としての活動を開始しました。戦前から戦後の過渡期を代表する画家の1人です。

 

 

1902年:現在の韓国ソウルに生れる。京城中学時代から水彩画に親しむ

 

山口長男は、1902年に現在の韓国・ソウル市に生まれました。幼い頃から絵画に親しみながら、19歳まで韓国に住んでいました。その後、東京に移住、大正10年より本郷洋画研究所に通い始め、翌年には川端画学校にも通学しました。

 

山口長男の父親は鹿児島県出身で、韓国にて一代で大地主となった人物です。裕福な家庭で育った彼ゆえ、幼い頃より高尚な文化に触れることが多かったといえます。また、1910年には日本による韓国併合があり、少なからず彼の作風に影響を与えたはずです。

 

 

1927年:東京美術学校卒業後、同期生の岡田謙三、荻須高徳らと上杜会を結成

 

山口長男は、1922年に本郷洋画研究所と川端画学校を卒業後、東京美術学校(今の東京藝術大学)西洋画科に入学しました。彼が同大学を受験した時期は、西洋画ブームだったこともあり、入試競争が激しさを増していました。

 

1927年に東京美術学校を卒業した山口長男は、同期生の猪熊弦一郎、牛島憲之、岡田謙三、荻須高徳らと上杜会を結成しました。その後、渡仏してパリにて佐伯祐三と交流を深めながらパブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックに代表される抽象画を学んだほか、彫刻家のオシップ・ザッキンのアトリエにも通いました。フランスでの生活を通して彼は抽象画家としての作風を確立し始めました。

 

 

1954年:ニューヨークで開催されたアメリカ抽象美術展に出品。武蔵野美術大学教授に就任

 

パリから帰国した山口長男は、京城(韓国)に拠点を移し、二科展に出展します。1931年の第22回同展では「二人像」「彫像」が入選しました。以後の同展でも数々の作品が話題を呼びました。これらの彼の作品は、パリで学んだ抽象画だけでなく、目で見た感覚でなく心が感じるがままに対象の色を描くフォーヴィズム的な作風もうかがえます。

 

その後、山口長男は1945年に釜山近辺で補充兵として終戦を迎えました。1946年に日本に帰国して、二科展の再結成に携わりました。戦後もアーティスト活動を続けるなかで、1953年には村井正誠らと日本アブストラクト・アート・クラブを結成します。そして、1954年の第18回アメリカ抽象美術展をきっかけに国際的な展覧会にも作品を出展し始めました。彼の抽象的かつフォーヴィズム的な作風は海外からも高く評価されました。

 

日本の戦後抽象絵画の開拓者として、後進の画家を育成するためにも1954年に武蔵野美術大学教授に就任し、自ら教鞭をとりました。

 

 

1961年:芸術選奨文部大臣賞を受賞

 

大学教授の傍らで画家としても作品制作に励んだ山口長男は、その活動が評価され、1961年に芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。第二次世界大戦下の日本では様々な表現が制限されていたため、日本で新しい絵画のムーブメントを起こすには命が関わるほど厳しい状況でした。そのような時代を乗り越え、戦前、戦後を通して抽象画という前衛的な絵画ジャンルを日本に広めた彼の功績が讃えられたのでしょう。

 

山口長男はその後も精力的に活躍しながら、1982年に武蔵野美術学園の学園長に就任しました。そして、1983年に逝去しました。

 

 

 

山口長男の作品の世界観

 

山口長男の作品は、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックに代表される抽象画のように、幾何学的な作風が特徴です。しかし、彼の作品はピカソやブラックとは異なり、色彩やデザイン性を極力抑えて、2つの色を使用し、武骨でシンプルな形が描かれています。そのため、抽象画を見慣れていない方が初めて彼の作品を観ると「これは絵画なのか?」と疑ってしまうことでしょう。抽象画は、これまでの美術史のなかでの絵画とは異なり、写実性や物語性でなく造形そのものを描く絵画ジャンルです。

 

また、山口長男の作品のもう1つの特徴は、フォーヴィズム的であることです。フォーヴィズムとは色彩を表現する絵画運動です。そのような作品からは野性や本能が感じられます。

 

このように山口長男の作品は、抽象性とフォーヴィズムからくる野性が混在するエキゾチックな作風となっています。日本の抽象画のパイオニア的な存在と言われていますが、西洋の抽象画を東洋風に解釈している点において、国際的にも注目を浴びているといえます。

 

 

 

山口長男の代表作品

 

ここでは、山口長男の代表作品である「脈」(1968年)と「劃-赤」(1968年)を紹介します。彼が影響を受けた抽象画は、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックのイメージがありますが、彼独自の視点で「抽象画とは何か?」を追求する姿勢がうかがえます。

 

 

脈|1968年

 

「脈」は、ペインティングナイフを使って黒と黄色の絵の具を何度も塗り重ねることによって作り上げた作品です。幾重にも塗り重ねられた絵の具は、キャンバスのところどころで厚みが異なり、ダイナミックで力強い作品となっています。

 

山口長男が学生時代に学んだ西洋画は、対象物とキャンバスの比率に重きを置いて描く透視図法が基本です。しかし抽象画やフォーヴィズムにとって大切なことは、感覚であってありのままの対象を描くことではありません。まさに「脈」はフォーヴィズムにのっとった作品といえます。

 

 

劃-赤|1968年

 

「劃-赤(かく あか)」は、ペインティングナイフを使って黒と赤茶色の絵の具を使って描かれた作品です。「劃」という漢字には「区切る」という意味があるように、黒と赤茶色の部分が鮮明に分かれています。また、2つの色が区切られた部分は、よく見ると色を塗り重ねることによってできたもので、一見単純な作品に思えるものの、細やかに作り上げられたことがわかります。

 

直線的な区切りがあるものの、塗り重ねられた色の筆遣いからは野性を感じる「劃-赤」は、西洋的な抽象画を東洋の文脈で捉え直した作品といえます。

 

 

 

山口長男の作品が見られる日本の美術館を紹介

 

山口長男の作品を所蔵する日本の主な美術館は、練馬区立美術館(東京都)、横浜美術館(神奈川県)、鹿児島市立美術館(鹿児島県)です。常設展の作品として展示されることもあるので、気になる方はぜひ足を運んでみてください。

 

 

練馬区立美術館(東京)

 

練馬区立美術館には、「野形」や「作品」シリーズなど、数点の作品が収蔵されています。

 

美術館情報
住所 東京都練馬区貫井1-36-16
アクセス

西武池袋線中村橋駅(池袋から6駅目)より徒歩3分

各線阿佐ヶ谷駅、荻窪駅、成増駅よりバスにて「中村橋駅」下車

営業時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
料金

一般:1,000円(団体は800円)

高校生、大学生および65~74歳:800円(団体は700円)

※中学生以下、75歳以上は無料

※特別展の場合

公式HP https://www.neribun.or.jp/museum.html

 

 

横浜美術館(神奈川)

 

横浜美術館には、「軸」や「無題」の2点が収蔵されています。

 

美術館情報
住所 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
アクセス みなとみらい線新みなとみらい駅、もしくはJR・横浜市営地下鉄桜木町駅より徒歩数分
営業時間

10:00~18:00(入館は17:30まで)

※現在改修工事につき全館休館中

料金

一般:500円

高校生、大学生:300円

中学生:100円

※小学生以下は無料

※コレクション展の場合

公式HP https://yokohama.art.museum/index.html

 

 

鹿児島市立美術館(鹿児島)

 

鹿児島市立美術館には、「卓上A」や「卓上B」、「歪んだ四角」などの多くの作品が収蔵されています。

 

美術館情報
住所 鹿児島県鹿児島市城山町4-36
アクセス

鹿児島本線鹿児島中央駅より車で10分

市電「朝日通」・バス「金生町」下車後徒歩5分

カゴシマシティビューバス「西郷銅像前」下車後徒歩1分

営業時間

9:30~18:00(入館は17:30まで)

※現在改修工事につき全館休館中

料金

一般:500円(240円)

高校生、大学生:300円(160円)

中学生:100円(120円)

※常設展の場合

公式HP https://www.city.kagoshima.lg.jp/artmuseum/

 

 

 

山口長男の作品の落札価格とその価値について

 

山口長男の作品は、海外で開催されるオークションで高価で落札されるほど人気があり、高い評価を得ています。ここでは2022年に1億4,500万円で落札された「5つの線」と、2017年に約3,400万円で落札された「趺坐」を紹介します。

 

 

2022年:5つの線|1億4500万円

 

2022年3月にシンワオークションが羽田空港にて開催した保税オークションにて、「5つの線」(1954年)が当初の予想額の7,000万円〜1億2,000万円をはるかに上回った1億4,500万円で落札されました。この作品は第3回サンパウロ・ビエンナーレに出展されたもので、山口長男が海外でも評価を得はじめた頃の作品です。

 

 

2017年:趺坐|約3,400万円

 

2017年にサザビーズが香港にて開催したオークションでは、「趺坐」(1979年)が約3,400万円で落札されました。このオークションは、コンテンポラリーアートシーンにおける日本美術の存在に注目し、なかでも戦後のアーティストに大きな影響を与えた山口長男にスポットライトを当てたものとなりました。

 

山口長男は生前も国際的に注目されていましたが、世界のアートシーンの動向が抽象的な作品にシフトするなか、彼の没後にはさらに評価が高まっています。

 

 

 

山口長男の作品の買取価格と相場

 

山口長男の作品は、国際的にも注目されているアーティストであったり、日本のアートシーンの復興に携わった重要人物でもあるために、マーケットでは高価格で売買されています。

 

以前、人気テレビ番組「開運!なんでも探偵団」に山口長男の作品が出品された際には、400万円もの評価額がつけられました。シンワオークションでは「平面」(1958年)が400万円で落札されるなど、彼の作品の相場は最低でも400万円位といえます。2017年にサザビーズは彼に焦点を当てたオークションを開催するなど、国際的にも高い評価を得ているアーティストのため、今後さらにマーケットでの価値が高くなりそうです。

 

 

山口長男の作品は強化買取中

 

山口長男は、日本美術シーンにおいて抽象画やフォーヴィズムの作風を戦前よりいち早く取り入れました。また、戦後は後継を育成するために教育に携わり、日本のアートシーンを盛り上げた重要人物です。戦後半世紀以上経った現代では、当時の日本のアートシーンが国際的に注目されています。今日の日本のアートシーンを再興したのは彼のおかげとも言えます。

 

当店では現在山口長男作品の買取を強化しています。アート作品は価値の判断が難しいため、スタッフが念入りに査定いたします。また、絵画だけでなく、骨董や茶道具など幅広く買取いたします。買取の流れや買取実績、ご不明点などございましたらお気軽にお問い合わせください。

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